キジトラの幼少期
キジトラが生まれたのは四国のとある田舎町。
キジトラ母とキジトラ兄の3人暮らし。
家は貧しかったけど、たまに母がキャッシングとかで¥借金して
旅行に連れて行ってくれたりした。
Xmasにはポケモンゲームも買ってくれたり
高級なレストランとかも連れて行ってくれた。
今となっては母に無理をさせたなぁ。と後悔してるけど
お金だけでは買えない思い出を母はたくさん作ってくれた。
キジトラ母についてのエピソード
小学校で目一杯友達と遊んだある日、家に帰ったら家の電気がつかなかった。
電気代が払われていない。とすぐに分かった。
母は出稼ぎの仕事を夜遅くまでやっていた。
母に電話したら
帰れそうにないから、払ってきといてと言われた。
タンスの中にあった封筒を取り出して金額を確認。
しかし、それも少し足りなかったので
自分のお小遣いを少し足してから家をでた。
当時、私が住んでいた町に一軒だけあった小さな個人経営のコンビニまで自転車を走らせた。
そこで電気代金を払い電力会社に公衆電話から電話。
電話した時にお母さんは?と聞かれたが仕事ですと答え、
電気が繋がるまでは1時間ほどかかるといわれた。
暗い家に戻るのも嫌なのでそのコンビニで10円のゼリーを一本だけ買ってベンチで座って電気が開通するまで待ち続けた。
当時はスマホなんてないし田舎だしなんにもない街でただぼーっと待ち続けた。
でも空を見上げたら星が綺麗だったのをよく覚えている。
そんな日が当たり前になっていた日常に私は別に自分をかわいそうだとは思わなかったし母親が憎いとも思わなかった。
ただ、1つ思い出せるのは、母親が家にいない事だけが
すごく寂しかったのをよく覚えている。
冷蔵庫にあるのは牛乳だけ
毎日家の冷蔵庫には紙パックの淡路島牛乳が入っていた。
母はスーパーの値引きがされている刺身を毎晩買ってくるので
それまでは牛乳を飲んで待っていた。
毎日給食の牛乳と家の牛乳のおかげで、今でも骨は丈夫。
先日、整形外科の先生に
「骨は20歳だね」(現アラフォー)
と先生が興奮していた。だから、母親にとても感謝している。
牛乳で背が伸びます!とかは全く根拠がないと思う
(キジトラは見事に背が伸びなかったのよ、160cm代だし。。。)
だから、これだけ骨太に育ったので牛乳嫌いな方に
身をもって実証できているのである。
昔は母子家庭が珍しい?
ほんの少し前までは、母子家庭や父子家庭が軽視されていた時代。
お父さんとお母さんがいて当たり前。
休みになったらみんな家族で旅行にも行くし
父親参観日、母親参観日が別にもあった。
家庭訪問のときには、母親はしょっちゅう
「おばちゃんですか?」といわれていた
(当時母親は40代後半)
ほんと、今考えたら失礼にもほどがあるよね。
決して不幸ではないよ?
そんなこんなで幼少期の私は、それなり家庭的な問題もあったが
奮闘していた母親に育てられたおかげで今も強く生きていけると思っている。
この体験をもとに失敗したことや教訓を誰かの心の支えとか、勇気づけれたりとか
少しでも人の役に立ちたい。
そんなブログになっていけるようにキジトラもこれから奮闘していきたい。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
今日もみなさんにとって最良の1日でありますように!

